ウインローダーの歴史

1949年に創業したウインローダー。
三多摩地域で70年にわたり物流事業を営んできました。
初代から現にわたる三代の経営の歴史。
それは理念経営と価値創造の伝統を受け継いできた70年です。

初代 髙嶋末吉(1949〜)
二代目 髙嶋民雄(1979〜)
三代目 髙嶋民仁(2009〜)

初代 髙嶋末吉(1949〜)
始まりは一台のオート三輪から

ウインローダーの生い立ちは、1950年に髙嶋末吉が設立した荻窪小型運送株式会社にさかのぼる。

戦前・戦中に警察官を務めていた末吉は、戦後は警察官を辞めて食品(カラメル・大学いも・アイスキャン ディー)などの販売を手掛けた。当時は色々な商売を試してみたが武家の商法ではなかなか軌道に乗らなかった。 その後、自動車修理を手掛けた際に一台のオート三輪を入手した事をきっかけに運送業を始める。杉並区の上荻は、青梅から青梅街道を使って荷物を運ぶ業者の休憩停留地点であった。そこから都内へ代わりに運ぶ今でいう貸切業務の様な運送需要があり、そうした仕事をトラックを持った仲間と共に始めたのが荻窪小型運送株式会社 である。

55年から65年頃には、住み込みの若い社員が20名ほどまで増えていた。末吉とその妻である米(ヨネ)は夫婦 二人三脚で経営を切り盛りした。末吉は、運送現場の取りまとめに力を発揮、一方、米は後方支援業務を取り仕切った。社員の家族を含めた26人分の三食の食事から、作業服の洗濯、貯金の管理、そして金銭の工面等の交渉などその役割は多岐にわたった。

1968年、創業メンバーがひとりひとり独立したことを機に、荻窪高島運送株式会社に改称。さらには、多店舗展開の為に首都圏システム輸送協同組合への加盟をきっかけに、1976年には高島運送株式会社に改称する。68年には大学を卒業した末吉の長男の民雄が入社する。四年間のドライバー経験を経た後、代表権を持つ専務として社長代行を務める。

ウインローダーは、トラックドライバーが幸せに働ける運送会社になるべく日々努力する企業です
初代 髙嶋末吉(1949〜)
創業者高嶋末吉とそれを支える妻の米(ヨネ)

初代 髙嶋末吉(1949〜)
運送業を始めるきっかけとなったオート三輪

初代 髙嶋末吉(1949〜)
杉並区で初めて陸運免許を取得

二代目 髙嶋民雄(1979〜)
成長発展期、ピンチを乗り越えた経験が会社を強く変えていく

1979年に末吉が他界し、弱冠33歳の民雄が社長に就任。新社長として「父親に褒められるようないい会社をつくる」「ガラス張りの経営をする」という二つの考えを社員の前で明らかにした。これらは、会社はオーナーだけの為にあるものではなく社員ひとりひとりの為にある事を意識したものだった。

民雄の時代に会社は大きく成長。これまでの主力商品であった区域の借切業務をやめ、小口集配業務に転換した事である。いくら仕事をしても一日の売上が決まってしまう貸切業務から、業務を請け負った分だけ売上が発生する小口集配業務に切り替えた事で売上は右肩上がりに推移。かつて売上規模数千万円の業績は20億円にまで達し、これまでの多摩支店に続き西多摩支店(1980年)、調布支店(1987年)、葛西物流センター(1990年)、 新本社ビル(1992年)、所沢支店(1994年)、葛西第二物流センター(1997年)と拡大していった。(写真2) 1989年、創立40年を機に社名を株式会社ウインローダーに改称。ウインローダーは、勝利を意味する「WIN」と道に携わる人を意味する「ROADER」の二つの言葉を合わせたものであり、そこに“困難を乗り越えて道を進み、目的を達成する者”という意志を込めた。

90年代に入り、会社に大きな危機が訪れる。バブル崩壊と共に大手運送会社がウインローダーに対し急な取引解 消通告し、年間売上21億5千万円の3割を占める6億円強を失う事態となる。社内外で倒産の危機がささやかれる中、社員一丸となってお客様訪問やチラシ配りを実施し、同時に支店の統廃合も急ピッチに進め東村山物流センター(1998年)に集約することで何とか黒字を確保した。東村山物流センターは、ウインローダーとして“下請 け業務からの脱却を図るために独自でお客様の役にたてる様な物流サービスを展開したい”という想いの具現化 であった。経営トップである民雄自らが営業回りに奔走し倉庫顧客を獲得し倉庫事業を確立した。また運送業務 の付加価値を高める為に、単にモノを運ぶだけでなく家電や家具の設置や組み立ても併せて行う配送設置業務にも挑戦。ベッドタウンであった多摩地区に出店する家電量販店やディスカウントストアからの業務受託により売 上を伸ばしていった。こうした一連の経営努力により危機を打開し成長してきた経験が今も社内で受け継がれる 「ピンチこそチャンス!」の行動理念を信じる拠り所になっている。

民雄社長時代には、経営資源において中小企業が大企業に勝てるとすれば人財という考えの下、社員が共通の正しい価値観を持ち、それを習慣化し身に着けることを目的に社員教育と社員コミュニケーションの充実を図った。積極的な社員研修への投資、5s活動や元気朝礼、様々な社内行事により活気溢れる企業文化が形成されていっ た。(写真4)

ウインローダーは、トラックドライバーが幸せに働ける運送会社になるべく日々努力する企業です
二代目 髙嶋民雄(1979〜)
現場へ足を運ぶことを大切にした二代目民雄社長

二代目 髙嶋民雄(1979〜)
90年代後半に使用されていた会社概要

二代目 髙嶋民雄(1979〜)
社名変更に伴い新たに開発されたロゴ
コーポレットマスコットのカバはお互いをカバーしあう、カバの様な大きな包容力などに由来

二代目 髙嶋民雄(1979〜)
先鋭的な社風づくりとして
多くの会社も見学に訪れた朝礼の様子

三代目 髙嶋民仁(2009〜)
未来を見据えて、循環型物流の挑戦

2009年6月、民雄の長男である民仁が専務から昇格する形で社長に就任した。(画像1)

民仁は、2001年、27歳の時に「物流業界に新しいモノの流れを創らなければ」という大きな使命感をもってウインローダーに入社した。大学卒業後、銀行に勤め中小企業の経営財務の理解を深めつつあった彼は、実家であ るウインローダーの経営状態を調べた際に危機感を強めた。後に“失われた20年”と呼ばれ日本経済低迷が進んで いた当時、大手工場の撤退や荷主の海外移転が三多摩地域で相次いでいた。さらにヤマト運輸や佐川急便などの 大手との競争激化で集荷業務自体も減少しつつあった。民仁は、商圏の経済環境が様変わりしつつある事態に、 従来の集荷業務に代わる新たな売上を創造する仕組みが必要ではないかと考えた。注目したのはリユース物流の可能性であった。

商店街の清掃と美化のボランティア活動をしていた彼は不法投棄問題や埋め立て処分場のひっ迫状況などが大き な社会問題になっている事を目の当たりにする。調べてみると日本で捨てられている30cm四方以上の粗大ゴミは 年間で約260万トンありその中には国内でそのままでも使用可能な商品が20%あることが分かり海外マーケットも含めると70%は再使用可能である事が分かった。今後のエコ社会を見据え、誰かの“いらなくなったモノ”を回収し、誰かの“欲しい”に届ける新たな物流事業部・エコ事業部を創設した。当初は、産業廃棄物収集運搬業の許 可を取得しリース会社からリースアップしたコピー機を回収して100%リサイクルを目指して手分解するという ビジネスから始まった。その後、今後の清掃事業の民営化を睨み杉並区における粗大ゴミ受付センターや一般廃 棄物収集運搬業の許可も取得。また一般家庭から排出される粗大ごみのオークション市場づくりにも挑戦した。 事業立ち上げ当初は、現場で働く社員から「俺たちは運送会社に働きに来たのであって、ごみ屋に働きに来たの ではない!」と厳しく叱責を受けるような日々であった。

事業立ち上げの様々な試行錯誤を経て、お客様が本質的に臨むサービスが何かを自問自答した結果、家庭で不要 となった家具や家電を運送会社ならではのノウハウで搬出しリユースをしていくサービスの在り方に行きつく。 エコランドというブランドで再整備し、東京・神奈川・埼玉・千葉エリアを対象に、年間約8万個の不用品を回 収・再生するまでのサービスに成長。2009年にはグッドデザイン賞(画像2)、2010年には雑誌ソトコトが選ぶ 第5回ロハス大賞を受賞する。

こうした一連の努力により、ウインローダーは従来取り組んできたBto B運送事業の動脈物流に、消費者に使わ れた後の過程を考える静脈物流を加えた循環型物流会社としてのコアコンピタンスを確立した。(画像3)ウインローダはトナミ運輸株式会社、第一貨物株式会社、久留米運送株式会社を中心とする大手路線会社との業務提 携により2018年、エコランドは株式会社ウインローダーから分社し株式会社エコランドとしてスタート。

民仁は、実運送会社の経営の一方で、トラックドライバーの働き方改革について一社単独の努力ではなく業界全 体で取り組む必要がある事を早くから提唱。中小運送会社の経営者達と共に、一般社団法人ドライバーニュー ディールアソシエーション(D.N.A)を発足。2015年より同社団法人の理事長に就任。運送事業の社員が誇りを 持っていきいきと楽しく仕事ができる職場環境を作る為に運送会社経営者を中心に勉強会や情報交換を行う事か らスタートさせた。D.N.Aはトラックドライバーの誇りにスポットライトを当てる為のイベントとしてトラック ドライバー甲子園を主催、これまで5回の開催を数える。(画像4)

ウインローダーは、トラックドライバーが幸せに働ける運送会社になるべく日々努力する企業です
三代目 髙嶋民仁(2009〜)
社長就任を初代末吉墓前に報告
(左より民仁、米、民雄)(画像1)

三代目 髙嶋民仁(2009〜)
2009年エコランド事業がグッドデザイン賞を受賞(画像2)

三代目 髙嶋民仁(2009〜)
循環型物流の展開イメージ(画像3)

三代目 髙嶋民仁(2009〜)
これまで5回の開催を重ねたトラックドライバー甲子園(画像4)